津村巧の未発表小説群

(携帯版)

 

DOOMSDAY

−審判の夜−

 

ここではプロローグが読めます。

続きを読みたければ本を入手してください。

続きを読みたくなくても本を入手してくださると助かります。

家庭用や職場用など、一度に十冊ほど購入していただけると非常に助かります。

こちらにとって、一応商売ですので。

分厚くて重いので、重石や、漬物石や、ドアストッパーなどとしても利用できると思います。

講談社ホームページはこちら

 

プロローグ

PRELIMINARY EVENT

(予選)

 

(南米の奥地 六月六日 一三時〇〇分EST)

 

 アマゾンのジャングルは、地球にとって、最後の熱帯樹林地帯である。

 大規模な乱伐や、焼き畑で、二〇年後には消滅しているだろう。

 ……と、環境科学者の多くは、悲観的な観測を弾き出していた。

 一帯を見渡す限り、戯言に思える。

 熱帯樹は延々と広がり、大気までも緑に染めているようだ。色鮮やかな鳥類が飛び回り、全長五メートルのヘビが枝を這う。数百グラムにもなる巨大な昆虫が、木の幹から染み出る汁を吸う。人間をも餌食にする魚類が、川で群を成す。

 人類が持ち込む文明とやらを、苦もなく跳ね返せるように見えた。

 その中を、二隻の小型モーターボートが進んでいた。それぞれに五人乗っている。リーダーとそのチームだ。

 前方のボートのリーダーは、フランス人だった。フランソワ=アデス。中規模貿易会社の元社長である。現在は事業を息子に任せ、気ままな隠居生活を送っていた。

 後に続くボートのリーダーは、ロマーノ=ファリーノ。イタリア人だ。イタリア南部で広大な農場を経営していたが、アデス同様、事業を息子に引き渡し、気ままに暮らしている。

 二人とも、金は腐るほどあった。引退から最初の二、三年は、隠居生活に満足できた。

 宝飾品の購入。裸同然の美女が同行するクルーズ。一食だけで一般市民の月給を食い潰すグルメ……。

 四年で飽きてしまった。夢にまで見た贅沢も、所詮この程度だったのかと。

 現役に復帰するか?

 引退したのも、高齢だったからではない。せっかく金があるのだから、身体を自力で動かせる内に遊んでおかないと、と考えたからである。二人ともまだ中年で、よぼよぼの老人ではない。

 残念ながら、息子らに全て託すと公言した以上、復帰は無理だった。今は事業体制も再編され、息子ら中心に動いている。前社長がのこのこ現れて、あれこれ口を挟んでも、厄介者扱いされるだけだ。

 以前から交流があった二人は、刺激のある遊びはないか、と一緒に考えた。

 その結果がこれである。

「イザベラがいなくてよかったぜ」

 と、ファリーノは呟いた。

「誰だ、それ?」

「妻だよ」

「何人目のだ?」

「最後のだよ。三年前くたばった。リベラル主義派でね。警察に訴えただろう」

「大抵の女は警察に駆け込むだろうな。……なかなかいないなあ」

 と、アデスは、巨大な葉で覆われた低いツタを、手で払った。

「簡単に見つかったら、苦労しないさ。情報は確かだから、心配しなくてもいい」

「情報が確かだという保証はないからな」

「出鱈目だったと判明したら、奴を代わりにブッ殺せばいい」

「そういう手もあるが……ん? おい、止まれ!」

 その命令で、ボートの操縦士ピエールが、エンジン出力を下げる。

「何だ?」

「人影が見えたと思ったんだが……」

「どこに?」

「えーと……あ、そこだ!」

 と、アデスが左を指す。

 ファリーノも、ボートを止めさせた。指された方角に目を向ける。

 樹木の間から、何かが移動するのが確認できた。最初は小動物かと思ったが、二本足で走っている。

「ガキか?」

「ガキがいるなら、大人もいるだろう。近くにな」

「陸で移動するか?」

 アデスがニヤニヤして、

「そうしよう。ピエール、岸へ」

 二隻のボートが岸に着く。流されないよう、ロープでしっかり結わえた。

 アデスとファリーノが、それぞれチームメンバーに向かって、

「音を立てるな。銃の安全装置はオフにしてもいいが、発砲は控えろ」

 四人のフランス人――ピエール、アンリ、ギー、ジャン――と、四人のイタリア人――アレッサンドロ、ベニート、マーセロ、ピエトロ――は、同時に頷いた。ボートから自分らの自動小銃を出す。

 イタリアン・グループは、ベレッタ社のM70/90やBM59など、イタリア製の小銃が多い。フレンチ・グループは、FA MAS G1やMAS49/56など、フランス製の小銃が多かった。

 アデスは旧式のFA MASを手にした。ブルパップ式の自動小銃に、二〇発弾倉がきちんと装填されているか確認する。隣で、ファリーノはベレッタ・アサルトライフルを点検した。

 一〇人は、チームに分かれて樹木の間を進んだ。

 ジャングルだ。枝葉が深い。その上、霧がかかっている。三メートル先も見えない。地面は堆積した落ち葉でジメジメしていて、軍用ブーツが沈む。

 時折、動物の奇妙な鳴き声が響いた。両チームがその度に足を止める。

 ファリーノが額をハンカチで拭い、

「どこに行った?」

 アデスが、

「見失ったか。Merde! ……いや、そっちだ」

 枝葉を擦る音がした。明らかに人間が立てた音だ。一〇人の足がその方向に進む。

 子供の背中が一瞬だけ見えた。

 一〇人は、可能な限り物音を立てないよう追跡した。

 一五分ほど歩いた。

 アデスが藪から頭を出し、

「アメリカ人ならBingo! て言うところだな」

 村落が、目の前で拡がっていた。直径四〇メートル程の円形クリアリングに、粗末な茅葺きのあばら屋が十数軒。いくつかは中で火を焚いているらしく、黒煙が立ち上っている。

 数千年前と同じ生活を送るアマゾン先住民の集落。近代文明とは縁がなく、生きた考古学サンプルとも呼ばれる。

 このような進歩の遅れた集落に住む連中が、自分らと同じホモサピエンズとは信じられなかった。

 ファリーノは、小型の軍用一〇倍双眼鏡を胸ポケットから出し、村を確認した。

「あまりでかくないな。前回の半分くらいだ」

「前のみたいにでかいのなんて、ざらにない。これが普通さ」

「人はいるな」

 と、ファリーノが双眼鏡を下ろして言う。「泥臭せえツラばかりだ」

「決定か、mon cher ami?」

「決定」

 二人は頷くと、それぞれチームメンバーに向かって、

「制限時間は一〇分だ。一〇分後、ここに集合だ。分かったな? よし、時計を合わせよう」

 一〇人は、腕時計の時刻をシンクロナイズした。

 藪から出て、村へ向かう。

 腰にボロ布をまとった先住民が、不意に現れた一〇人の白人を見て首を傾げる。不審に思っているようだが、恐れてはいない。

 アデスは頭を掻いた。

 大抵、先住民は彼らを見ると逃げたり、怯えの表情を見せたりするのだ。白人を目の当たりにしたことがあるのか。それは有り得ないはずだが。

 ファリーノは小銃を向け、発砲した。

 五・五六ミリNATO弾が空を裂き、先住民の胸部を直撃する。苦もなく貫通すると、樹木の幹に食い込んだ。

 胸を撃ち抜かれた男は、血と肉片を前後にこぼし、倒れた。既に意識はなかったが、呻き声らしき音を立てる。

 銃声に驚いた先住民が、小屋から顔を出した。

 一〇人は、先住民に向かって容赦なく小銃を撃ちまくった。

 村落とあって、男性もいれば、女性もいる。老人もいれば、子供もいる。

 二チームは無差別に村民を射殺した。

 悲鳴と銃声が、辺りの空気を震わせる。

 アデスは側の小屋に突入した。

 中に女と子供二人がいた。親子らしい。フランス人をギョッと見上げる。

 女は、一五年前に別れた元妻の若い頃に、ほんの少しだが似ていた。いい妻だった。結婚から三年目までは。それ以後は、彼から扶養料をせびり取るだけの金食い虫に退化した。現在も彼の財布を巣くっている。

 ムシャクシャしていたフランス人にとって、目前の親子は鬱憤晴らしの対象として最適だった。

 全く抵抗してくれないのも呆気ないな、とアデスは贅沢な悩みを吐き、引き金を引いた。

 女の頭部が、銃弾を食らって四散する。首なし胴体は、幼い子を腕に抱えたまま倒れた。

 二人の幼児が、聞く耳に激痛をもたらす悲鳴を上げる。

 アデスは思わず一歩下がった。

 年下の方は、母親の遺体の側で泣き声を上げるだけだった。年上の方は、小屋の隅へ逃れようとした。

「逃げるんじゃねえ」

 アデスは、小さな茶色の背中に、小銃弾を撃ち込んだ。一発だけである。弾の数が限られているため、無駄は禁物だ。

 下の子は、兄が鮮血を床に撒き散らすのを見て、ワーッと叫んだ。母親の遺体から離れる。拳を振り、アデスに向かった。

 FA MASには、カスタム・オーダーでこしらえさせたナイフ型銃剣が装着してあった。滅多に使わないが、万一のためだ。格好いい、ということもある。

 アデスは、無意識に小銃を横に振った。

 鋭利な刃が、空気を裂くように柔らかい喉を切り開ける。

 幼児は、半分切り落とされた首を揺らし、崩れた。血液が噴水状に流れ出たが、徐々に弱まる。

 アデスは、駄目押しとして、小さな後頭部に銃剣の一突きを加えた。

 小屋の内部を確認する。他に誰もいない。

「畜生。三人だけか。もっと生め、メスザル」

 と、首なし遺体に蹴りを入れた後、オメガ・シーマスター・クロノグラフで残り時間を確認した。

 殺戮開始から、既に三分半経過。あと六分半。グズグズしてはいられない。

 アデスは、銃弾が向かって来ないのを確認し、悲鳴が飛び交う屋外へ出た。

 

*  *  *

 

 チームメンバーは、それぞれ一軒ずつ突入し、中にいた先住民を射殺した。一人しか殺せなかったメンバーもいれば、六人も仕留めたメンバーもいる。

 小屋の中を一掃した後は、外を駆け回る村民の始末である。

 先住民らは抵抗しなかった。逃げ惑うだけ。重武装した男共にとって、これ以上単純な標的はない。次々射殺した。

「おいおい! 少しは抵抗してくれよ。つまらないじゃないか!」

 と、ファリーノが呟いた瞬間である。

(シュッ)

 何かが耳をかすめた。後方に目を向ける。

 木の幹に、長さ半メートルの槍が突き刺さっていた。ビーン、と震動している。

 ファリーノは視線を前方に戻した。

 一〇メートル離れた地点に、筋肉質な色黒の先住民が槍投げ器を構えていた。既に二本目を装填している。

 イタリア人元農場経営者の胸が、高鳴りを始める。思わずニヤリと笑った。

「そうそう! こうこなくちゃ!」

 先住民が、槍投げ器を力強く振った。

 木製の槍が、目にも留まらぬ速度で放たれる。

 ファリーノは地面を転がった。槍が、ほんの半秒前まで立っていた場所を通過するのが感じとれた。

 槍は正確だった。最初のを外したのは、イタリア人にとって運がいいとしかいえない。

 ファリーノは、地面に伏せた格好で、ベレッタ自動小銃を構えた。照準を相手の額に合わせる。

 胸部は面積が広い分、当てやすいが、何事も簡単だと面白くない。あえて難しい頭部を瞬時に選んだ。

 引き金を引く。

 とっさに狙ったので、銃弾は額のど真ん中ではなく、右目の直ぐ下に当たった。

 先住民は三本目の槍を装填し、放つところだった。声を上げる暇もなく、後方へ吹っ飛ぶ。頭部の右半分がない。槍と槍投げ器は、空を舞うと、地面を打った。

 ファリーノは高鳴る胸を押さえ、立ち上がった。喜んでいる暇はない。セクターのクロノグラフに視線を落とす。

 四分経過。あと六分。

 人影が視界を横切る。

 若い女だ。乳房の揺れ方から分かる。

 ファリーノは笑顔を見せた。片膝を付く。

「さあ、来い、ブス」

 女の足を狙った。

 引き金に掛かる指に力を入れ、両足を吹き飛ばした直後。

Stop, stop it!」

 ファリーノは、英語が全くと言って良いほどできないが、STOPくらいの単語は知っている。顔を上げた。

 カーキ服を着た中年白人女性。食欲を失わせるブスではないが、若かった頃も美人ですね、とお世辞にも言われなかっただろう。

 イザベラに似ていた。魅力の欠片もない、口だけのブタに。

Who the hell are you?」

 先住民らがファリーノたちを見て特に驚かなかったのも、当然である。白人を見たことがあるのだ。

 ファリーノは舌を打ち、小銃を下ろした。

 白人女性は、怒りを隠そうともしなかった。彼に駆け寄ると、

What in hell do you think you're doing?」

 何を言っているのかよく分からなかったが、挨拶でないのは確かだ。ファリーノは苦笑いして肩をすくめた。

 白人女性は、笑顔が気に入らなかったらしい。何やら喚き、掴み掛かろうとする。

「おい、アデス! ゲーム中断だ!」

 

*  *  *

 

 中断するまでもなかった。先住民の殆どは殺害されていたのだ。血や肉片を被った五人のフランス人と、四人のイタリア人が、ファリーノの横に集まる。

 白人女性には、若い白人男性が加わった。同じ色のカーキ服から、女の同僚であるのが分かる。

 アデスが、フランス訛りの英語で、

「あなた方は?」

 白人男性が、

「UNDPです。United Nations Development Programme」

「国連?」

 アデスは、ファリーノに説明した。

 全員が苦い顔になった。国連を相手にすると、直ちに国際問題になる。

「あなた方は何をやってるんです?」

 と、白人女性が睨みながら訊く。「非武装の人々に向かって発砲するなんて。犯罪です!」

 アデスが、

「私は近くで農場を経営しているんですが、何者かに最近荒らされるようになって。この辺りに住む先住民の仕業だと思ったので、つい……」

 とっさの嘘にしては上出来でも、相手を騙すには勉強不足だった。

 白人女性は腕を組むと、

「ここの住民はそんなことしません。そもそも、近くの農場、てどこにあるんです? ここは保護区ですから、最低でも一〇〇マイルは離れていることになります。この村落の住民は、そんな遠出はしません」

 ピエールが、

「国連の方がここで何やってるんです?」

「アマゾン先住民の生活状況の調査です」

「先住民の生活状況調査? 国連ではそんなこともやるんですか?」

「最近やるようになったのです」

「やるならやるで、ちゃんと公表してくれよ」

 と、ファリーノがイタリア語で愚痴る。

 マーセロが、

「あなた方の他に誰かいるんですか?」

 UNDPの白人男性は、相棒を黙らせようとしたが、遅かった。

「私たち二人だけですけど……」

 アデスはニッと笑うと、FA MASを二人に向けた。

「じゃ、我々があんたたちをどうしようと、誰も知ることはない」

 白人女性は蒼白になると、

「何をするつもりです? ここで何をやってたんです?」

「狩りだよ。見て分からなかったのか?」

「狩り?」

「そうだよ。先住民を何人……いや、何頭殺せるか競ってたんだ」

「そ、そんな非人道的な行為が許されると……」

「許すも何もないさ。おい、ギー、ジャン。二人を縛り上げろ」

 白人男性は前に出ると、

「やめるんだ!」

「黙れ!」

 と、アデスは小銃を持ち直し、銃床で白人男性の腹部を突いた。

「うわっ」

 男が両膝を付いて蹲る。

 無防備になった背中に、硬質プラスチックの銃床が幾度も打ち込まれた。銃が下りる度に、呻き声が上がる。

「やめて!」

 と、白人女性が相棒に駆け寄る。

「やめてもらいたかったら、馬鹿な真似するな。おい、早く縛り上げろ。ちゃんと縛れよ。逃げられたら、困る、じゃ済まん」

 国連調査員は手を背中で縛られ、地面に座らされた。アデスとファリーノが二人を監視する間、八人は村を見て回った。逃れた者がいるかチェックする。いないようだった。

 アデスとファリーノは、チームメンバーに、自分らで射殺した先住民の片耳を切ってこい、と指示した。

 耳の数が多いチームが勝者だ。ずるしないよう、互いに監視しながら行う。頭部が跡形もなく吹き飛ばされ、耳たぶを回収できない場合、指を切り落とした。

 まだ息のある先住民もいて、耳や指を切り落とすと、大声を上げた。脊髄に銃剣を頂戴する運命となる。

 アデスとファリーノは、国連調査員の目の前で、耳や指を数え始めた。

「こ、こんなことが許されると思ってるの!」

 と、白人女性が身も声も震わせて喚く。

 隣の相棒が黙らせようとしたが、耳を貸そうともしない。

 ピエールはニヤリと笑うと、

「ああ、許されるさ。何か悪いことしてるのかい?」

「何の罪もない人々を虐殺して……」

「生きていても、死んでいても、関係ないクズじゃないか。楽しんでどこが悪い?」

「人殺しをスポーツみたいに……」

「人殺しは最高のスポーツさ。尤も、こんなサル共をヒトと呼べるかは疑問だが」

 と、アデス。「二四頭。お前は?」

 ファリーノは舌をチッと鳴らした。

「……二二頭だ」

 フランス人は腹を抱えて笑った。

「また俺の勝ちか。約束通り、パッカードをいただくぞ」

 イタリア人は蒼くなって、

「ちょっと待ってくれよ! たった二〇頭あまり狩っただけなのに……」

「勝ちは勝ちだ。貰うぞ」

 ファリーノは肩をすくめた。

「分かったよ。パッカードはお前にやる。売り飛ばすなよ。直ぐ取り返すからな」

「ああ、売らない。約束する」

「お前はそう言ってイスパノ・スイザを……」

 アデスは、説得力ゼロの口調で、

「売らない。今度は嘘じゃない」

「フン。売ったらお前をブッ殺すからな」

「あのなあ。賞品をなぜいつまでも保有しなきゃならないんだ?」

「俺が取り返すからだ!」

「それなら、少しは勝ってくれよな」

 と、アデスは言うと、腕を組んだ。「次のゲームだが。そろそろ別のをやらないか? こんな奥地にも国連の連中が来るんだから、危険だ。今回はこいつら二人だけだったが、次は武装した連中に遭遇するかも」

「それもそうだな……」

 マーセロが、ファリーノに近寄ると、

「その二人はどうするんで?」

「生かすのは無理だな。始末するしかない」

「でも、国連ですよ」

「国連職員だって、バラせば死ぬさ」

 ベニートとギーが、小銃を向ける。

 二人の国連調査員は、身を堅くした。

「馬鹿!」

 と、ファリーノが怒鳴る。「どうせバラすなら、ちゃんとバラそう。おい、パッカードを賭けないか?」

 アデスは肩をすくめると、

「ああ、別にいいけど。どんな賭けだ?」

「側の川にピラニアがいるだろう。そこへ投げ込む。何分で骨になるか賭けるんだ」

「酷い」

 と言いながらも、アデスはまんざらでもない顔だ。

「酷いからいいんだ。俺は三分以内」

「じゃ、俺は三分以上」

 

*  *  *

 

 白人女性――ダイアナ=エビガン――は、アメリカのシカゴ生まれだ。ボストン大学人類学部の助教授である。三年間の期限付きでUNDPに参加することになった。ドイツへの留学経験がある。ドイツ語とスペイン語に堪能だったが、フランス語は理解できない。狩猟リーダーの会話が、自分らにとって良い方向へ進行していないこと以外は、何も分からなかった。

「何を話してるの?」

 と、彼女は相棒に訊いた。

 相棒のヒュー=バーンは、イギリスのシェフィールド生まれだ。ケンブリッジ大学社会学部の講師である。ダイアナ同様、三年間の期限付きでUNDPに参加することになった。二年間のパリ留学でフランス語を学んでいたお陰で、会話の内容を痛いほど理解できる。

「この野郎! そ、そんなことが許されると……」

「黙れ!」

 狩猟メンバーの一人が、バーンの腹部に蹴りを入れる。

「や、やめろ、この野郎! ただじゃ……」

「奴らは何を話してるの?」

 と、ダイアナが叫ぶ。

「我々をどう殺すか話してるんだ!」

 

*  *  *

 

 フランス人狩猟チームリーダーは、

「どっちを先に投げ込むんだ? 同時に投げ込むんじゃないだろ?」

「野郎を先に始末しよう。女は……ちょっと歳がいき過ぎてるからなあ。どうしよう」

「袋でも被せてやればいい」

 ファリーノは呆れ顔で、

「馬鹿。首から下は何もかも垂れてるだろう」

「垂れてるのもいいじゃないか」

「お前の趣味は分からん」

 と、その時。

(パチーン)

 水風船を割った音に似ていた。実際、飛沫が辺りに散った。

 ある意味では、水風船に近かったといえる。人間の頭部は、割ると静水圧で中身が爆発するように飛散するのだ。

 頸部から上を失ったイタリア人が、くたくたと崩れる。

 眼球の一つが、白人女性の膝の上に落ちた。茶色の瞳と、彼女の目が合う。悲鳴が密林を切り裂いた。

 残った九人のハンターたちは、身を伏せた。

「な、何だ?」

「インディオか? 生き残りがいたのか?」

 辺りを見回したが、人の気配はない。村の中心部は熱帯樹が取り払われているので、半径二〇メートルは見渡せる。

 どこのどいつの仕業か。先住民の生き残りが援軍を伴って戻って来たのか。

 九人は首を振った。

 先住民の武器の射程が、二〇メートル以上あるとは思えない。仮にそんな武器があったとしても、二〇メートル先の頭部を正確に打ち抜くのは至難の業だ。そもそも、音を立てることなく首を吹き飛ばせる武器とは、一体何だろう?

「アレッサンドロが!」

 と、アンリが叫ぶ。

 ファリーノが、

「落ち着け!」

「落ち着いていられるか」

 と、親友を殺されたアンリが前に出る。「見つけたら、ただじゃ置かな……」

 悪態をつき終える前に、アンリの頭部が四散した。首なし胴体が後方へ転がる。親友の亡骸の上に倒れた。

 残ったハンター八人と、国連調査員二人が、息を飲む。何がアンリの命を奪ったか、目撃できたからだ。

 それは槍でも、弓矢でも、銃弾でもなかった。

 青い光線。

 SF映画で観られる光線である。

「な、何ィィィィィーッ」

 と、アデスが思わず声を上げる。

 アマゾン先住民でないのは確かだ。近代文明と接していない連中が、近代文明でも開発に成功していない兵器を、所持しているはずがない。

 八人のハンターたちは、地面に寝転ぶ格好で自動小銃を構えた。

 光線の放射源と思われる藪を睨む。

「誰だ、出て来やがれ!」

 と、ファリーノが叫んだ。

 その挑発に応えて、二つの影が藪から踏み出す。

「???」

 姿を現したが、誰もそれらが何であるか分からない。

 一見、宇宙服に身を包んだ人間のようだった。銀色に光るスーツ。頭部には球形のヘルメット。生命維持システムらしい箱形バックパックを背負っている。

 人間でないのは明白だった。

 背丈が三メートル近くある。手足が細長く、胴は小さい。蜘蛛に似ている。それを強調するかのように、手足は八本あった。二本足で立っている。六本の腕は、ペアになって無骨な銃器らしき物体を抱えていた。

 最近流行のアニメで見られる悪玉ロボット戦士に酷似している。

「な、な、な、な……」

 と、ファリーノが呟く。理性が、固体ロケット噴射で冥王星に飛び去った。

「ば、化け物め!」

 マーセロは右の生物にBM59を向け、引き金を引いた。

 耳をつんざく轟音が、密林にこだまする。

 七・六二ミリNATO弾は、慌てて狙ったにも拘わらず、正確に標的へ突き進んだ。

 三連の金属音と共に、火花が散る。

 銃弾を食らった生物は、火花が散った辺りを眺めた。左側の中央の手が光線小銃を離し、被弾箇所を擦った。銃弾は何のダメージも与えていない。

 生物は、満足したように首(らしき部分)を振った。小銃を構え直し、前に一歩出る。ロボット戦士でないのは明らかだ。動作がスムーズ過ぎる。

「う、嘘だろおおおっ」

 と、マーセロが叫ぶ。

 先住民を難なく抹殺できたNATO弾が、目の前の生物には効き目がないのだ。

 二体の生物が地球上のものでないのは確実だった。国籍豊かな一〇人は、地球外生命体と遭遇したのである。

 八人のハンターは、異星人を歓迎する気持ちは欠片も持ち合わせていなかった。

「撃て、撃て!」

 アデスはFA MASをフルオートに設定した。引き金を引く。

 銃口が、小銃弾を毎分九〇〇発の速度で吐き出す。イジェクション・ポートが同数の薬莢を排出した。

 乱射している上に、距離がある。小銃弾の大半は標的をかすりもしなかったが、五発は生物の至る箇所を直撃した。

 銃弾が、火花と金属音と共に跳ね返る。

 二体の生物は、何事もなかったように前進を続けた。

「逃げろ!」

 ファリーノは叫んだ。仲間のためではない。自分自身に対する気合いとして叫んだのだ。さもないと、立ちすくんだままだっただろう。

 ジャンは立ち上がり、ダッシュしようとした。

 右側の生物が、三丁の銃の一丁を前方に向けた。引き金を引く。

 銃の先端部分が、音を発することなく光線を放射した。先程と違い、赤い光線である。

 光線はジャンの背中に当たった。

 アレッサンドロとアンリの場合、頭部を一瞬の内に破壊され、悲鳴も上げられないまま絶命した。

 ジャンの場合、撃たれた瞬間は意識があった。

 悲鳴を上げる。

 他に何の手も打てなかった。光線が、背中から腹まで一気に裂いたのだ。焼け焦げた臓器を前後から垂らして倒れた。

「馬鹿野郎、逃げるな! 撃て! 応戦しろ!」

 と、アデスが怒鳴る。空になった弾倉を抜き、新たな弾倉を銃に叩き込んだ。

 

*  *  *

 

「な、何よ、あれは?」

「知らん! 行くぞ」

 二人の国連調査員は、何が何だか分からないが、逃げるなら今だと悟った。同時に立ち上がると、腕を後ろに縛られたまま走り出した。

 ハンターらは地球外生命体に集中していて、二人の逃走に気付かなかった。

「小屋の中へ!」

 二体の地球外生命体にとって、ハンターも、国連調査員も、大差はないらしい。

 ヒュー=バーンは、左耳に青い光線を食らった。頭部が血飛沫となって消滅する。首を失った胴体は二歩前進した後、大木のごとく倒れた。

「ヒイイイッ」

 ダイアナ=エビガンは、悲鳴を口から漏らしながらも、足を止めなかった。

 側の小屋へ飛び込む。何かに躓いた。手が自由でないので、バランスを正せない。床と顔面が接触した。鼻が折れ、星が散る。

 幼児の死体に躓いたのだ、と自覚する間もなく、気を失った。

 

*  *  *

 

 青い光線と赤い光線が飛び交う。

 人に命中すると、炸裂して肉片を散撒く。それ以外のものだと火花が散り、当たった箇所が黒く焦げる。

 ハンターたちは悲鳴を上げ、逃げ惑った。何でこんな目に遭うんだ、と喚きながら。自分らも先住民を問答無用で虐殺していたのだ。自分らが虐殺される番になっても、不平を並べ立てる資格はない。

 黙って殺されろと言うのも、無理な注文だが。

「畜生、何だ、あいつらは?」

 と、アデス。

 生き残ったハンターたちは物陰に身を隠し、小銃を構えた。

 敵は二体しかいないが、それぞれ三丁の光線小銃を構えている。六本の腕を巧みに操り、左方、中央、そして右方の標的を同時に狙って撃てた。

 ハンターたちが太刀打ちできるはずがない。頭数が一方的に減るだけだ。

 フランス人元事業家の隣で、ファリーノは大粒の涙を流して反撃した。

「何でこんな目に遭うんだよ?」

「知らねえよ!」

 

*  *  *

 

 人間の悲鳴は、ジャングルの中で数分間にわたってこだました。

 やがて、野生動物の鳴き声だけしか聞こえなくなった。

 

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